排出量取引から時間軸を考える
排出量取引とは企業や国家単位で温室効果ガスの排出枠を定めて枠が余った国や企業と、排出枠を超えてしまった国や企業が取引することを言う。
排出量取引は京都議定書で温室効果ガスを削減するという目標の補完措置として偉い人が規定を作ったようである。
あまり実体がないような気がして分かりにくいが、これには問題があるらしい。
先進国がより少ない投資や労力で済む排出量取引を積極的に利用してしまうと、温室効果ガスを削減するための新たな技術やシステムの開発の必要性が薄れ、技術やシステムが広く普及してしまえば削減が難しくなり、結果的に温室効果ガスの削減が停滞することも考えられるとのこと。(wiki抜粋)
社会全体の一時的な温室効果ガスは減ったとしても、未来永劫続くシステムはないし有得ない。どんな優れた仕組みにも「時間」という軸が加われば意味のないものになってしまうことが多い。年金なんて顕著だ。人の寿命が60歳の時に作った仕組みだ。現在は20年以上も伸びているのに仕組みが変わってない。人間の作る仕組みに未来永劫はない。状況が変わっても人の行動パターンが変わってなければ結果が変わる。「時代を察知する力」と「変化させる力」が最重要だ。
書き出すのは簡単ですが永遠のテーマだと思ってる。
yuta